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結核対策

 結核対策に顕著な成果があったとして、和歌山市は今年度の「第48回結核対策推進優良市町村」に大阪市など他の21市町村とともに選ばれた。このほど東京で行われた表彰式で、財団法人結核予防会総裁である秋篠宮妃殿下紀子さまから表彰状をいただき、午餐会では22市町村を代表して謝辞を述べさせていただく栄に浴した。誠に光栄であり、結核対策に取り組んできた市の保健所職員はじめ多くの関係者の努力に改めて感謝したい。
 実は私の母は83歳近い今でこそお蔭様でますます元気だが、私の就学前と小学校3年のころの2度、計1年ほど結核で県立医大病院に入院したことがある。当時私も肺浸潤の疑いありということで、1年近く体育の授業が「見学」になった。今にして思えば、あのブランクが、元々良くない運動神経をさらに鈍化させたのではないかと思ったりする。いずれにせよ、私にとって結核は幼いころからかなり身近であり、関心の高い病気であった。
 結核の罹患率(人口10万人当たりの年間発病数)は全国的には1990年代後半にやや上昇した以外は年々減少し、20年前は50近かったのが昨年度は24.8と半減した。しかし、和歌山県、とりわけ和歌山市は、全国平均に比べ高い数値で推移し(下表)、例えば99年時点では県は全国3位、市は全国の都市で7位という不名誉なランクだった。


 この状況を打開するには、患者が定期的に薬を服用する習慣を徹底的に付ける必要があり、病院や地域で患者に対面服薬を行わせるDOTSという手法が有効との判断から、県内の結核病床保有病院での院内DOTSや、DOTSカンファレンス、地域DOTSなど退院後の継続的支援の取り組みを展開した。さらには結核診査の精度を高めることも重要と考え、診査会における診査基準作成や、診査の根拠明確化を図り、診査機能の強化に努めた。こうした努力が実を結び、01年に罹患者が激減、以後も着実に減っている。
 実は結核罹患率が極端に高いのが大阪市で、これまで常に全国平均の3倍ぐらいの数値を記録し、98年には104.2、00年には95.0であった。特にあいりん地区が際立っていて、98年には実に1923という驚異的な数値を記録した。100人に2人が罹患しているということである。大阪市も必死の努力を重ね、03年には68.1まで減少させたことで今回表彰対象となったわけだが、あいりん地区は03年でも870で、下がったとはいえ、まだまだ飛びぬけて高い罹患率である。尼崎、堺など大阪市隣接の都市も罹患率が高く、和歌山市も、大阪市に近いことが不成績の要因の一つだったと思われる。
 和歌山市は、関係者の努力で、ようやく全国水準に近いところまで罹患率を下げることが出来たが、これでもなお他の中核市や政令市と比べると高率である。和歌山市が成績をさらに上げられるかどうかは、一つは大阪市の対策にかかっているようにも思える。

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