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ベイマラソン

 10月24日の日曜日、「和歌浦ベイマラソンwithジャズ」に参加、5キロのコースを走った。和歌浦ベイマラソンは、マラソンコースの沿道にジャズバンドの生演奏コーナーを配し、ボランティアのジャズ演奏を聞きながら、和歌浦湾の潮風を満喫して楽しく走ってもらおうという大会で、市職員の提案がきっかけで私が市長になる1年前から始まり、今年が4回目である。最初は2キロ、3キロ、5キロ、12キロしかなかったが、昨年からハーフマラソンが加わり、さらに今年から12キロを10キロに変更して、記録的な興味を持つ人も含め、ランナーの目的と能力に応じて選べる距離に工夫を加えた。
 こうした努力の結果、初回は参加者(エントリー数)4259人だったが、回を重ねるごとに、6279人、7216人と右肩上がりで成長、今年は28都道府県から7737人の参加をいただき、和歌山市の秋の行事としてすっかり定着してきた。昨年からは姉妹都市の韓国・済州市から副市長や市議会議員が参加するようになり、昨年のベイマラソンで優秀な成績を残した市民は済州マラソンに遠征し、好成績を収めて友好を深めている。
 ベイマラソンを走った話は昨年も惰学記「ランナー」で書いたが、2キロを11分くらいで完走できたのに気を良くして、今年は欲を出し、正確なタイムと順位が分かる5キロに挑戦した。休日、昼の日程が済んだ後に2度、最初は平坦コースで、2度目は大会コース途中で往復する橋を実際に往復する形で走ってみて、無理さえしなければ完走できるという自信をつけて当日に臨んだつもりだった。ところが、大会1週間前に長歩きをしなければならない行事があり、その途中うっかり左ひざ関節をひねってしまった。
 普通に歩く分には問題なかったので出場したが、「あと500メートル」地点からのわずかの登りで痛みを感じ、とてもラストスパートの効く状態ではなくて、ゴールのタイムは34分12秒。男子40歳以上の完走232人中180位、全体では957位であった。
 さらに、今年は特別行事として、来年2月に長野で開かれる知的障害者の「スペシャルオリンピックス」に協賛して、私が走り終わった直後に障害者と健常者によるトーチランが行われ、これも第1走者と一緒に走ったが、わずかの距離なのに足が痛くて大変だった。
 話は戻るが、5キロの完走者は男女合わせて1283人。女性ランナーが多く、563人が完走、うち361人が私より速かった。とはいえ私より後からゴールした人が男女計326人いたことで、58歳というトシを考えれば、満足して自分を誉めることにしよう。
 凄かったのは、私より18歳若い植松助役である。 同じ5キロを私より10分27秒も速い23分45秒で走り、40歳以上男子で26位、全体で180位の好成績を収めた。これは「若さ」だけでは無理な記録で、日ごろの密かな鍛錬ぶりを証明した。拍手拍手!!

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