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スマイル プリーズ!


 藤原紀香さんがアフガニスタンとカンボジアを訪れ、戦禍に耐えてたくましく生き抜く子どもたちを撮影した作品による写真展「Smile Please !〜〜アフガニスタンで感じたこと、カンボジアで考えたこと〜〜」が8月6日(土)から5日間、和歌山市のギャラリーで開催され、紀香さん自ら展示の準備とオープニング式典に参加、7日には多数の聴衆の前でトークショーを行った。私も知事と共にオープニングのテープカットに加わり、紀香さん自身の説明で、展示された写真にまつわるエピソードを聞けたほか、翌日のトークショーも傍聴、そのあと短時間だが「単独インタビュー」させてもらえる「役得」にあずかった。
 藤原紀香さんのご両親は和歌山市とその近郊の出身で、紀の川のほとりで草木の香りを満喫しながらデートしたことから、娘を紀香と名づけたといい、学生時代は休みに母親の実家へよく遊びに行ったということなので、和歌山には元々浅からぬ縁があるわけだ。
 その紀香さんは10年前、阪神・淡路大震災に遭遇し、世界から来てくれたボランティアの活躍に感動したことと、2001年の9.11同時多発テロと、その後の米国によるアフガニスタン・タリバン政権攻撃で受けた衝撃から、アフガニスタンに関心を持ち、実際に現地に出かけ、惨状を自分の目で見て、日本人に伝えたいと思い立った。翌年7月、アフガンでボランティア活動を続ける「セーブ・ザ・チルドレン」の理解と協力を得てTV番組のスタッフとアフガン入りした彼女が見たものは、カブール国際空港に放置されたままの撃墜された飛行機の残骸、地雷原を示すために道路わきに並ぶ赤く塗られた石、タリバン兵士の手で無残に破壊されたバーミアンの石仏群跡など、狂信的なカルト集団が支配する国家では人間が簡単に悪魔になることを示す、戦争と圧制の惨状の数々だった。
 しかし、紀香さんは、人々が簡単に命を奪われる社会に暮らし、地雷で足をなくしたり、手の指を失いながら、希望は決して失わず、祖国のために何か貢献したいと願う子どもたちの生き生きした瞳と笑みも見ることができた。そして夢中でシャッターを切り続けた。
 その後彼女は1970年代後半にポル・ポト政権が残虐の限りを尽くしたカンボジアにも出かけたが、20年余り前の後遺症が今も残る中、子どもたちは笑顔で頑張っていた。
 アフガニスタンやカンボジアの子どもたちのために何かをしたいという紀香さんの思いに共感した若者たちの力で、この写真展が全国で開催されるようになり、収益金でバーミアン近郊に女学校が建設されている。和歌山市での写真展も、JCを中心に多くの若い意欲的な男女のボランティアの力で開催できた。写真展を見て、戦後60年、大した努力もせず平和が続いた日本という国と、そこに生まれ育ったことの幸せを改めて痛感した。
 それにしても藤原紀香さんはカッコいい。並ぶとヒップが私の腰よりはるか上にあった。

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