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テレビとパソコン

 佐世保の小6女児による同級生殺人事件に大変なショックを受けた。殺された少女の父と直接面識はないが、同じ新聞社で働いていた後輩であり、3年前に妻をがんで亡くし、男手一つで3人の子を育てていたと聞き、あまりの悲運に言葉もない。しかも、こうした事件の常として、加害者の言い分ばかりが報道され、あたかも殺された方に非があったかのような報道になりがちなことも、父や兄弟に耐え難い心の傷を残しそうで気がかりだ。
 事件の報道を見聞きして気になることが2つあった。「テレビ」と「パソコン」である。
 まず加害者の少女が前夜のテレビドラマ「ホステス探偵危機一髪」(TBS系)を見ていてカッターナイフで殺すことを思いついた、という報道だ。水野真紀主演のこのドラマは私も途中から見たが、月曜午後9時からの2時間ドラマである。小学生に見せるような時間でもないし、内容でもない。どうして親はテレビをいったん消して「宿題が済んだら寝なさい」と言わなかったのか。一緒にドラマを見ながら、カッターナイフを振りかざすシーンをわが子が息を呑んで見つめ、殺意を募らせていたことに気づかなかったのか。
 テレビを見すぎると成績が落ちることは親なら誰も認識していて「テレビばっかり見てないで勉強しなさい」と叱った覚えがあるはずだが、もっと深刻なのはテレビ51年の歴史が、ガキ大将が弱い子を守るという「子供社会」を崩壊させてしまったことではないか。
 テレビ番組や人気ゲームを知らないと、友だちと話が合わず仲間はずれにされそうなので、友だちと遊ばずに家に帰ってテレビやテレビゲームに熱中する。親も、子供が外で遊んでいると事件や事故に巻き込まれるかも知れないという思いから、家にいると安心してしまう。子供は画面の中の仮想現実にのめりこんで、子供同士の直接の触れ合いからしか生まれない「命の大切さを思う心」「いたわりの心」「他人の痛みが分かる心」を持てぬまま大人になる。本当にテレビは怖い。なるべく見ないように育てるのは親の責任である。
 もう一つは「パソコン」である。事件が起きた小学校はパソコン教育に熱心だった。6年生が自分のホームページを持ち、チャットや掲示板への書き込みをして、さらには友だちのホームページを荒らすことまでやっていたのだから、技術的な教育はハイレベルである。だが、日々出会っている子供たちが会話ではなくチャットや掲示板の書き込みで意思疎通をしていること自体が不自然で不健康ではないのか。どうして直接話さないのか。
 ある小学校で総合学習の時間の「パソコン教育」授業を見せてもらったことがある。子供たちはみんな黙々とパソコンに向かい、市販の教材ソフトとインターネットで情報を集め、私語もほとんどない。先生はパソコンをうまく扱えない子供を回って小声で指導しているだけである。集団で自習をしているようなもので、せっかくの授業時間まで子供はバラバラ。こんな授業にどういう意味があるのか疑問に思った。ノウハウが十分確立されていないパソコン教育に流行に乗って飛びつき、結果的に子供の心のブラックボックスを大きくしていることに、教える側が気づいていないのであれば恐ろしいことだと思う。

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