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■第2集

おひまなら来てね

 近所のスーパーによく出ている「×月×日は休まさせていただきます」という張り紙や、最近のセールスマンの「すべて当方でやらさせていただきますので」なんていう“丁寧な”言葉遣い。あれがすごく気になる。
 中学で習った通り、「せる」「させる」は使役の助動詞で、「せる」は四段活用やサ変の動詞に、「させる」は上一段、下一段、カ変の動詞に付くのが文法の決まり。だからこの場合「休ませていただきます」「やらせていただきます」が正しい。上一段、下一段、カ変に付く可能の助動詞「られる」が、四段、サ変に付く「れる」に引きずられて「ら」が消える「ら抜き言葉」とは裏返しの関係だ。わざわざ「さ」をつけて、丁寧さで「差」をつけたつもりかもしれないが、ら抜き言葉よりわざとらしい気がして、私は嫌いだ。
 「さつき言葉」は「ら抜き言葉」批判の反動ではないかと私は思う。うるさいオジサンやおばさんを怒らせないために、商売の時だけは丁寧に「ら」も「さ」も付ければ間違いない――そんな勘違いがこんな言葉を広めているのではないだろうか。「ら抜き言葉」を嫌う人は、「さつき言葉」も問題にしないと不公平だとは思いませんか。
 5月なので「さつき言葉」の話。そして題名は五月みどりサンの34年前の歌からいただいた。

 

ツキ

 連休の遠出は禁物。10年ほど前、ゴールデンウィークに車で山梨・石和温泉に出かけ、帰りの中央道で大渋滞に遭遇、普段なら1時間半の道のりに10時間も掛かった苦い経験がある。
 代わりに今年は映画「イングリッシュ・ペイシェント」3日に夫婦で見に出かけた。評判通り見応えのある作品だったが、上映開始から1時間余、主人公の男女が砂漠で砂嵐に遭い、やっと救助される場面で突然映像がプツン、音声だけの暗闇になった。
 昔は上映中にフィルムが切れることは珍しくなかったが、最近の映画館では信じられない事態。館内放送もないまま数分が過ぎ、ざわざわし始めてやっと係員がおわびに登場。切れた場面まで巻き戻して再開となったが、しばらくは前の場面が思い出せなかった。
 劇場に聞いたら、映写機の誤作動で「窓が閉まったような状態」になるトラブルだそうで、たまにあるとか。
 「ついてないなあ」と思いながら、3時間近い大作を見終わって外に出ると、係員が客全員に「おわびのしるし」の招待券を配っていた。「カネ返せ」と文句を言おうかと思っていたが、単純な性格なので「おっ、ツキが回ってきた」とすぐ機嫌が直ってしまった。
 それにしてもあの暗やみで、カミさんの手を握らなかったのは、自分が年を取ったせいか……。

 

いちじく にんじん

 50を過ぎて食べ物の好き嫌いがあるのは恥ずかしい話だが、しいたけが食べられない。昔はキノコ類全部が嫌いだったが、まつたけ、まいたけ、しめじ、なめこ、なめたけ、マッシュルームなど大抵のキノコは、いつの間にか食べられるようになったのに、しいたけだけは今も全くNOなのだ。
 てんぷらや煮付けなど丸ごとのものはもちろん、のり巻き、ちらしずし、キノコソース、八宝菜、茶わん蒸しなどに細かく刻んで入っていてもだめで、ひと切れずつ、より出して残してしまう。独特の甘味が性に合わないので、めん類もしいたけ味のだしは苦手だ。
 だから、「しいたけが嫌い」という人がいると、妙に親近感がわく。会社で、夕食を弁当屋さんに注文する時に「しいたけは抜いてください」と頼んでいる若い部員を見ると、「おっ、仲間がいる」とほくそ笑んでしまう。
 (いちじく にんじん さんしょに しいたけ ごぼうに むかご ななくさ やえな こうめに とうなす)
 これは、おはじきの数え歌だが、歌詞は、子供の嫌いなものを並べたという説が成り立つかもしれない。
 先日、テレビを見ていたら、今をときめく女優の松たか子さんが「しいたけがあまり好きじゃなくて」と話していた。若い女性に「同士」が増えるのは心強い。

 

でんでん虫の唄

  江戸っ子は「ひ」と「し」の区別が付かないとよく言う。「人」が「しと」「飛行機」が「しこーき」という具合に「ひ」が「し」になることが多いが、下町育ちの私の妻は今も「潮干狩り」を「ひおしがり」と言ってしまう。
 私の生まれ故郷の和歌山では逆に「し」が「ひ」になる。「舌」が「ひた」、「七」が「ひち」。だから中学生になるまで「ひち」が正しくて「しち」は江戸弁だと思っていた。
 和歌山弁のもう一つの特徴は、ざ行とだ行の混乱が著しいことだ。「ざ、ぜ、ぞ」が「だ、で、ど」に化けるのが大半で、「財産」が「だいさん」、「全部」が「でんぶ」、「雑木林」は「どうきばやし」、「善哉」は「でんだい」、「肝臓」は「かんどー」となる。小学校で先生から「『ざ』と『だ』の区別を完全に覚えなあかんで」と教わるのだから、直るわけがない。
 20年以上前、「赤とんぼの歌」で売り出した「あのねのね」のレパートリーに、「でんでん虫の唄」というのがあった。「でんでん虫が でんでん虫に恋をしたけど、でんでん虫は でんでん虫を、でんでん無視」というざれ歌だが、あれこそまさに和歌山弁だ。
 和歌山で墓参りに行った帰りに、国道沿いの飲食店に入ったら 「おいしいコーヒーをぞうど」という張り紙があった。

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